“改正”Livedoor Blog利用規約第8条(以降、本ブログではその「お前のものは俺のもの、俺のものは俺のもの」的思考に「敬意」を表して「ジャイアン規約」と呼称)に対しては「補足説明」が15日になされてからのち、16日23:29付で更なる“改正”が行われた模様です。以下は「開発日誌」から。
livedoor Blog 開発日誌:利用規約の一部変更につきまして[11/16さらに追記しました]
いつもlivedoor Blog をご利用いただきありがとうございます。
livedoor Blog担当のライブドア メディア事業部の有賀と申します。
このたびはlivedoor Blogの利用規約一部変更に伴い、お客様にご迷惑、ご心配をおかけし大変申し訳ございません。
11月15日に利用規約一部変更についての補足にて補足いたしました著作権の帰属について、利用規約上にも同様の表記を行いましたのでお知らせいたします。
修正前(11月12日時点)
第8条 (ウェブログの公開について)
本サービスにて作成されている全てのコメントおよびトラックバックを含むウェブログについて、弊社は、利用者への通知なしに無償で利用することができるものとし、利用者は、弊社及び弊社の指定する者に対し、著作権等(著作者人格権の行使も含む)を行使しないものとします。
修正後(本日)
第8条 (ウェブログの公開について)
利用者が著作したウェブログとそれに付随するコメント及びトラックバックは当該ウェブログを著作した利用者に著作権が発生するものとします。但し、宣伝、利用促進、出版等を目的としウェブログサービスの著作物を使用する場合、利用者は弊社に対し、当該著作物を著作権法の規定に基づき無償利用することを期間無制限で非独占的に許諾し、かつ弊社及び弊社の指定する者に対し著作者人格権を行使しないものとします。
検討の結果、上記の通り修正をさせていただきました。
著作権についてはウェブログを著作した利用者に帰属しますので、その利用について弊社は制限をすることはありません。
また、著作者人格権の記述については、もちろん故意に著作者人格権を行使せざるを得ない行為(改悪など)を弊社が行うことはありませんが、例えば、文章を読みやすくするための編集などを行う際に都度確認をしないで済むようにする、などの効果を想定した上でこのような表記とさせていただきました。
以上、何卒よろしくお願い申し上げます。
いまだに「出版」に関する言及があったり「著作者人格権を行使しないものとします」と書いてあったり……と不安材料はありますが。ある程度の進展はあったと見られるのかもしれません。
ただ
雑誌の投稿欄でも読みやすいように編集したり、長すぎる物は文意をそこねないように短縮したりすることはありますが、それは投稿の規約に最初から謳われた「例外規定」みたいなものですしね。
どっちにしろ「出版」を想定しているのであれば、その際は該当ユーザーに断りを入れるのは「仁義」だと思うんですけどね? ムックなんかでも復刻版を出すときはそのときの寄稿者やインタビューを取った人に念のため再使用の確認を取ったりするものですが、それは最低限の作業なんじゃないのかなぁ?
「サービス提供者が楽をするための規約」ではなくて「サービス利用者が快適に使用できるための規約」であるべきではないのでしょうか。
さて、この「変更」を受ける以前にLivedoor Blogからの撤退を表明、実行に移したしたブログも見受けられます。これらは運営側に対する抗議の意思表明としては一番明確なものであると言えるでしょう。
確かに、打つ手がなくなったときの最終手段としての撤退は選択肢としてアリだとは思います。
しかしながら、現段階でこれを行使する(した)のは、果たして異議申し立ての方法として有益だったのだろうか……という感情も、僕はまた同時に抱いているのです。
現在の状況に対するユーザーのスタンスというのは大きく分けて3つのタイプに分類できるのではないかと思います。
(1)今回の「ジャイアン規約」に対し疑問を感じ、トラックバックなどで反対の意思表示をする人。
(2)疑問は感じているが、ブログの記事にはしていない人。
(3)今回の規約改正に納得している、もしくは興味のない人。
当然、現段階で「撤退」という選択をしている人の大部分が(1)であろうというのは容易に想像がつくのですが、そういう人がこの場からいなくなると言うのは、実は全体から見ればデメリットこそあれ、メリットはないのではという気がするんです。むしろ居座って異議申し立てを続けていた方が、今後似たような事例が(ヨソも含めて)起こらないようにするためにはいいんじゃないか……そういうふうに考えています。
今、Livedoor Blogが居心地が悪くなったのでヨソへ移って、もし同じようなことが起こったら、また「約束の土地」を求めて何処かへ流浪するよりは、今いる居場所をよりよくした方が面白いんじゃないだろうか……というのが僕の考えですが、どんなもんでしょう?
いや、居心地を良くする大前提には「運営側が常識的な判断ができる人たちである」というのが存在しなければいけないわけですが、さて?
※いや、ヨソから見に来てくれる人のためにもいい加減通常モードに戻りたいんですけよ、僕も。でもねー、この現状を看過するのはどうも納得できなくて。
ただ
著作者人格権の記述については、もちろん故意に著作者人格権を行使せざるを得ない行為(改悪など)を弊社が行うことはありませんが、例えば、文章を読みやすくするための編集などを行う際に都度確認をしないで済むようにする、などの効果を想定した上でこのような表記とさせていただきました。という記述を欄外にもうけるくらいであれば「以下のような場合は」と明確に「例外規定である」ということを規約に盛り込むべきではないでしょうかね?
雑誌の投稿欄でも読みやすいように編集したり、長すぎる物は文意をそこねないように短縮したりすることはありますが、それは投稿の規約に最初から謳われた「例外規定」みたいなものですしね。
どっちにしろ「出版」を想定しているのであれば、その際は該当ユーザーに断りを入れるのは「仁義」だと思うんですけどね? ムックなんかでも復刻版を出すときはそのときの寄稿者やインタビューを取った人に念のため再使用の確認を取ったりするものですが、それは最低限の作業なんじゃないのかなぁ?
「サービス提供者が楽をするための規約」ではなくて「サービス利用者が快適に使用できるための規約」であるべきではないのでしょうか。
さて、この「変更」を受ける以前にLivedoor Blogからの撤退を表明、実行に移したしたブログも見受けられます。これらは運営側に対する抗議の意思表明としては一番明確なものであると言えるでしょう。
確かに、打つ手がなくなったときの最終手段としての撤退は選択肢としてアリだとは思います。
しかしながら、現段階でこれを行使する(した)のは、果たして異議申し立ての方法として有益だったのだろうか……という感情も、僕はまた同時に抱いているのです。
現在の状況に対するユーザーのスタンスというのは大きく分けて3つのタイプに分類できるのではないかと思います。
(1)今回の「ジャイアン規約」に対し疑問を感じ、トラックバックなどで反対の意思表示をする人。
(2)疑問は感じているが、ブログの記事にはしていない人。
(3)今回の規約改正に納得している、もしくは興味のない人。
当然、現段階で「撤退」という選択をしている人の大部分が(1)であろうというのは容易に想像がつくのですが、そういう人がこの場からいなくなると言うのは、実は全体から見ればデメリットこそあれ、メリットはないのではという気がするんです。むしろ居座って異議申し立てを続けていた方が、今後似たような事例が(ヨソも含めて)起こらないようにするためにはいいんじゃないか……そういうふうに考えています。
今、Livedoor Blogが居心地が悪くなったのでヨソへ移って、もし同じようなことが起こったら、また「約束の土地」を求めて何処かへ流浪するよりは、今いる居場所をよりよくした方が面白いんじゃないだろうか……というのが僕の考えですが、どんなもんでしょう?
いや、居心地を良くする大前提には「運営側が常識的な判断ができる人たちである」というのが存在しなければいけないわけですが、さて?
※いや、ヨソから見に来てくれる人のためにもいい加減通常モードに戻りたいんですけよ、僕も。でもねー、この現状を看過するのはどうも納得できなくて。













ライブドアをよりよいものにするためには撤退は最良ではありません。が!私はライブドアの社員でも株主でもありません。ですからライブドアをよい環境にするよりも現在よい環境にあるほかの場所へ移動することにしました。
はっきりいって移行は労多くして効少ないです。Proユーザーではないのでエクスポートサービスもありませんし、引越し先にはインポートサービスもありません。全て手作業になります。それでも今回のライブドアの暴挙は看過することができませんでした。
たしかに移転先で同様の事件が起こるかもしれません。しかし、ライブドアからの流出者が大量に発生したという既成事実が出来ていたならば、この手の暴挙の抑止力になるのではないかと考えております。
弱者の権利を強権を持って蔑ろにするやつらを肥え太らせる事は私には耐えられません。